大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和60年(行ウ)13号 判決

名古屋市緑区有松町大字有松字橋東南七六番地

原告

森井明

右訴訟代理人弁護士

藤井繁

名古屋市熱田区花表町七番一七号

熱田税務署長

被告

大野敏夫

右指定代理人

吉田克己

尾崎慎

遠藤孝仁

福田昌男

吉野満

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五八年九月九日付でした原告の昭和五七年度分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和五七年度分の所得税について、原告のなした確定申告及びその更正の請求、これに対する被告のなした更正すべき理由がない旨の通知処分(以下、「本件処分」という)及び異議申立に対する決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表記載のとおりである。

2  しかし、本件処分は、後記原告の反論において主張するとおり、長期譲渡所得の課税の特例について規定する租税特別措置法(以下、「法」という)三一条を形式的に解釈し、その適用を否定した違法なものであるから、原告はその取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和五七年三月一二日、その所有に係る別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という)を第三者に売却、譲渡した。

2  国有農地等の売払いに関する特別措置法五条一項二号は、農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた個人が当該土地の譲渡をした場合における法三一条の規定の適用については、当該土地は売払いを受けた日(農地法施行規則五〇条二項に規定する、売払通知書に記載されている所有権の移転の期日)に取得されたものとする旨規定しているところ、原告は、昭和四九年三月一日付けで農林大臣から、所有権の移転の期日を同月二〇日と定めて、本件土地の売払いを受けた。

3  従って、原告の本件土地に対する所有期間は、法三一条の定める一〇年に満たず、第三者に対する売却、譲渡に際し、その適用を受けられないものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1、2項の事実はいずれも認める。

2  同3項は争う。

五  原告の反論

1  本件土地を含む豊田市田中町四丁目九番(分筆前の元地番)所在の土地は、昭和二三年一〇月二日、自作農創設特別措置法三〇条の規定により、原告から国に強制買収された土地であるが、昭和四〇年一〇月八日、原告は、未だ農林省の所有名義のまま残っている旧買収地は旧地主において払い下げを受けられることを知り、同月一〇日、右元地の一部(本件土地を含む)の国有財産買受申込書を豊田市農業委員会へ提出したところ、同市農務課より、払い下げには共有者(買収時、右元地は、登記簿上、実質的権利を有しない訴外亡小笠原市太郎との共有名義になっていた)全員の承諾書が必要である旨教示され、やむなく二年余の歳月を費やして、右訴外人の遺産をめぐって紛争中であった相続人四名から承諾書を取得し、昭和四三年六月初旬ころ、これらを揃えて提出した。

2  ところが豊田市農務課は、更に、国有農地等の払い下げを受けるためには、同地を借り受けて使用することが必要であること及び払い下げ希望地を縮小すべきことを指示したので、原告は、希望地を本件土地を含む一四五二平方メートルに限定したうえ、同月一〇日、開拓財産借受申込書を農林大臣宛に提出したところ、同大臣より貸付通知を受けたが、同通知書には、用途として和・洋裁教習所、住宅用地と記載されており、豊田市農務課より、払い下げを受けるためには住宅等を建築することが必要である旨説明されたので、原告はその後金二五〇万円を投じて宅地造成をなした。

3  原告は、前記国有財産買受申込に対し、何らの応答もなかったことから、昭和四六年三月二五日、豊田市農業委員会に対し、再度、買受申込書を提出し、かつこの間の経緯を照会したところ、同委員会は、同月二九日付をもって、国の指示がないので処分については不明であるとの回答をなし、その後そのままの状態で推移したが、昭和四八年八月三日に原告が提出した三度目の買受申込書に基づき、昭和四九年三月一日に至ってようやく農林大臣より国有財産売払通知書を受け、同月二〇日、前記土地の所有権を取得することができた。

4  しかしながら、昭和四六年二月一三日の時点で、農地法施行令の一部を改正する政令(昭和四六年政令第一三号)により、前記土地は原告に対する払い下げが可能となっていたものであるから、豊田市農務課及び同市農業委員会は、熱心に払い下げを懇望してきた原告に対し、少なくとも右払い下げ可能な事実を告げたうえ、昭和四〇年一〇月一〇日付あるいは昭和四六年三月二五日付の買受申込書を生かして事務手続を進めるべきであったところ、前記のとおり誤った回答をなしたまま、何らの教示、連絡をもなさなかったものであり、以上の経緯に現れた原告の所有権取得に対する熱意と、国の機関としての豊田市農務課及び同市農業委員会の故意とも評価しうる所有権取得に対する妨害的対応を総合すると、法三一条の適用に際しては、信義則上、前記法改正によって払い下げが可能となった昭和四六年二月一三日、ないし遅くとも同年末には、原告が本件土地の所有権を取得したものと見做すべきである。

六  原告の反論に対する認否

原告の反論1ないし4項は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1項及び被告の主張1、2項の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  従って、本件の争点は、原告がその反論において主張するように、本件土地の所有権取得の経緯に照らし、信義則上、その譲渡に対して法三一条を適用すべきか否かに帰するから、以下、これについて検討する。

租税法律関係において信義則が適用されるためには、少なくとも、課税庁の一定の責任ある立場の者が、納税者に対し、租税に関する事項につき、信頼の対象となる公の見解を正式に表示し、納税者がこれを信頼し、それに基づいて申告等の行為をなした結果、右信頼を保護すべき状態が生じたことなどの事実が必要であると解すべきところ、原告の主張は、被告課税庁とは関わりのない豊田市農務課及び農業委員会の国有財産の払い下げ手続における右農務課及び委員会の担当者の不手際、遅延を信義則適用の理由とするものであり、被告課税庁の担当者が原告に対し、本件土地の譲渡が、法三一条の適用を受けられる旨を教示したり、これを確約したことを理由とするものではなく、したがって、原告がこれを信頼して本件土地の譲渡に及んだものでもないことが、その主張に徴しても明らかというべきであるから(現に、原告は、当初の確定申告の際には、右譲渡による所得を短期譲渡所得として算出している)、本件は、仮に原告が主張するような事実関係が存在するとしても、右は信義則を適用するための前提となる右事実に該当しないものといわざるを得ない。

したがって、原告の主張は、主張自体失当というべく、原告の更正の請求に対し、被告が法三一条の適用を否定していた本件処分には、何ら違法な点は存しないものというべきである。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤義則 裁判官 高橋利文 裁判官 加藤幸雄)

別表

〈省略〉

物件目録

豊田市田中町四丁目九番四

宅地 五三二・八八平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例